コピーとオリジナル

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中国は、よく、「コピー商品」大国って話を聞く。
というか、実際に、中国の闇(コピー)商品売り場にも何回か行った。

まあ、自分はコピー商品を買うことはなかったけど。

商品をマネして製造して、ライセンスも無しに販売したら、
たしかに問題だ。

でも、こと「商品」というくくりを外したら・・・

おそらく、人生の大部分は、まずコピーから始まるといっても過言ではないかも。
オギャーと生まれて、まずコピーするのは、周りの親とかの会話です。
もちろん、赤ちゃんだから、無意識にまねる。
で、だんだん話せるようになる。

日本語が話せるようになると、
今度は、学校に入って勉強をする。
これも、教科書をまねる。
参考書・・・まさに、これを参考に(まねて)覚えろよ!って本だし。

部活動に入れば、先輩のスイングやTVでのプロのスイングをまねる。
(テニス、野球・・どのスポーツも最初はまねることからだ)

社会人になって、会社に入れば、上司、先輩の行動などをまねる。
名刺の渡しかたから、電話の取り方まで・・・etc

企画書、日報、その他もろもろ、
基本のフォーマットがあれば、それを使用して、
中身はもちろん、まねる(どんなことを、どのように書くのかってね)。

Windowsはアップルをまねた・・といわれてる。
いや、元々は、IBMのなんとか・・この話は、有名だからググればでてくる。

歌手を志望する人、
漫画家を目指す人、
画家を目指す人、
そのものそっくりかどうかは別にして、
手法などもろもろを、まねて覚えていく・・んじゃないか。

料理番組や料理本をみて、晩御飯をつくるのも、まねるものの典型。
英会話学校行って、「サンキュー」って先生が発音してんのに、
「メルシイ」とあいうアホはいない。
そ、「サンキュー」って言ったら「サンキュー」の発音をまねる。

で、何が言いたいかというと、
「まねる」ってことは、ほぼすべてのことの始めの一歩かもしれない。
言い換えれば、すごく大事なこと。

みながみな、同じようにまねることはできないにしても、
ある程度までは、同じようなことができるようになる・・んでしょう。

広い意味でいえば、社会を生きてくのに、
おおよそ、守ったほうがいいといわれる、一般常識というのもそうかもしれません。

じゃ、まねる(コピー)でなく、オリジナルってのは、どうすんだ?ってなる。

こればかりは、もう発想しかない。
発想するだけでは、ダメかもしれないけど。
なんでもかんでも、発想→すぐ実用化、商品化、実践とかはできないでしょう。

あとは・・・

行動かもしれない。
ただ限りなくオリジナルな生き方ってのは、
もしかして、アウトロー??ってことになる?(笑)

うん、難しいところだ。

ただそれも・・カッコ悪くはないとは思う。


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